2026年8月下旬、SNSのタイムラインをにぎわせた一本の匿名記事がある。
はてな匿名ダイアリーに投稿された『りくりゅう叩きしている女の心理を当事者が解説します』だ。フィギュアスケートにまったく興味のない人々も含め、爆発的にシェアされたこの記事——その理由は、内容よりむしろ「書き出し1行」にあった。
わたし自身、最初にTogetterでまとめを見かけたとき、タイトルだけで「どんなふうに心理を分析するんだろ?」と興味本位でタップした。そして開いた瞬間、予想の斜め上をいく自己紹介に思わずスマホを落としかけた。
話題の匿名記事「りくりゅう叩きをしている女の心理を当事者が解説します」とは
まず、前提知識をサクッと整理しておこう。
りくりゅうとは、フィギュアスケートペア競技の三浦璃来選手・木原龍一選手のことで、2026年ミラノ・コルティナ五輪で日本初のペア金メダルを獲得したことで広く知られるようになった。競技での活躍だけでなく、二人が実生活でもカップルであることが話題になり、SNS上では一部から批判的な声も上がっていた。
そんな背景のなか、はてな匿名ダイアリーに「りくりゅう叩きしている女の心理を当事者が解説します」という記事が投稿された。
タイトルだけ見ると、「へえ、当事者目線の分析か、面白そう」と感じる。心理コラム系のバズ記事はたくさんあるし、「叩いてしまう人の気持ちを内側から語る」というコンセプト自体は珍しくない。ところが——。
衝撃の1行目──開示請求・慰謝料支払い経験者が「当事者」として登場
記事の本文、その1行目がすべてを決定した。
「昔とある女性コスプレイヤーに粘着して開示請求されて慰謝料を支払ったことのある女です」という書き出しで始まり、「りくりゅうを叩いている人への反応として『なんでりくりゅうを叩くの?』『嫉妬か?』みたいなポストをよく見かけるので、私自身の認知行動療法ついでにその心理を解説したいと思います」と続く。
そう、「当事者」の意味が想定の10倍ヘビーだった。
「叩き文化を内側から知っている人」という意味での「当事者」を期待していた読者は、冒頭の一文でいきなり「過去にネット粘着行為で開示請求&慰謝料支払いを経験済み」という超強烈な自己紹介を叩き込まれるわけだ。
記事内では、精神科への通院とカウンセリングによっていまではある程度症状が寛解したとしながらも、「りくりゅうを見ると普段抑え込んでいる何かが疼き出してXで暴言を吐きたくなる」と率直に告白している。
この自己開示の深さと重さは、読者の予想をはるかに上回るものだった。
なぜ「1行目から飛ばしすぎ」がウケたのか──ネット民の反応まとめ
この記事はTogetterにまとめられ、X(旧Twitter)で一気に拡散。反応のパターンはおおむね以下の3種類に集約できた。
さらにX上では、「出だしの『昔とある女性コスプレイヤーに粘着して開示請求されて慰謝料を支払ったことのある女です』がパワーワードすぎて頭に何も入らない」という声が多数上がり、まさに1行目が記事全体を覆い尽くしてしまったことが伝わってくる。
「説得力が5倍」の逆説──前科がむしろ信憑性を生む皮肉なメカニズム
ここが、この騒動でいちばんおもしろいポイントだとわたしは思っている。
通常、「叩きをしたことがある」という過去は、語り手の信頼性を下げるはずの情報だ。「そんな人が言っても説得力ないでしょ」と思われて当然の自己開示である。
ところが現実には、「説得力が5倍になった」というリアクションが続出した。なぜか?
「当事者性」が生む逆説的な権威
心理解説コラムは世にあふれている。専門家が書いても、当事者経験のない人が書いても、似たような分析は量産できる。そんな中で、「実際にやった人」が語ることの希少価値は圧倒的だ。
コスプレイヤーへの粘着・開示請求・慰謝料支払いという重すぎるキャリアが、皮肉にも「この人は本当に内側を知っている」という信号として機能してしまった。これはある種の資格証明の逆転現象である。
ダメージコントロールの完全な失敗
本来、自己開示における「ダメージコントロール」とは、自分の欠点や黒歴史をどう見せるかの技術だ。たとえば「昔は私も荒れていましたが、今は違います」という構成なら、過去の黒歴史は「成長の証」として機能する。
しかしこの記事の場合、1行目が核爆弾すぎて、後に続く自己分析や洞察がかすんでしまった。いくら精緻な心理分析が続いても、読者の脳内には「開示請求・慰謝料」という単語だけが残る。
これはある意味で、「強すぎる自己紹介が本文を殺す」という笑劇的な現象だ。文章テクニックの観点からすると「掴みの重要性」の極北にして反面教師でもある。
SNS的な笑いとしての「飛ばしすぎ」
X(旧Twitter)の文化において、「飛ばしすぎ」という言葉は褒め言葉に近い。「想定外のことを初手でやりきる」という行為への敬意と笑いが混在している。
最初に火をつけたXの投稿「1行目から飛ばしすぎだろw」というコメントが、まさにその感覚を一言で表現していた。「飛ばしすぎ」には「やりすぎだけど、最高」というニュアンスが含まれており、批判ではなく驚嘆の声として機能している。
その後、Togetterにまとめが作成され、764ユーザーがブックマークするほどの広がりを見せた。はてな匿名ダイアリーからXへ、XからTogetterへ、TogetterからまたXへという循環構造で拡散が加速したのも、この騒動の特徴だ。
まとめ:ネット上の「叩き文化」と自己開示の意外な化学反応
今回のバズを振り返ると、笑いの核にあるのは「自己紹介のダメージコントロール失敗」という現象だ。
- 「りくりゅう叩き」の心理を解説しようとした匿名記事が、その書き手自身の超重量級な自己開示によって炎上ならぬ「爆笑炎上」を引き起こした
- 「開示請求・慰謝料支払い経験あり」という1行が、逆説的に「当事者性」として機能し「説得力が5倍」という反応を生んだ
- 「飛ばしすぎ」という言葉がXで拡散されたように、初手で想定を超えることがSNSバズの起点となった
- フィギュアスケートを知らない人でも「強すぎる自己紹介が本文を食った」という構造的なおかしさで笑える普遍的なネタだった
ネット上の「叩き文化」は確かに問題含みのテーマだ。しかし今回の騒動は、そこに「当事者が語る」という構造が加わった途端に、文章論・心理論・SNS論が混ざり合う不思議な化学反応を起こした。
書き手が意図したかどうかはわからないが、「最強の掴み」は結果として最大の笑いを生み、記事は広く読まれた。これほど皮肉な「バズ成功」はなかなかお目にかかれない。
そして個人的にいちばん驚いたのは、この騒動を通じて「粘着・開示請求・慰謝料という経験が、なぜか文章の信頼性を高める」という現象が実証されてしまったことだ。インターネットは本当に何が起こるかわからない。